東京高等裁判所 平成7年(ネ)5196号 判決 1996年12月18日
五一九五号事件控訴人・五一九六号事件被控訴人
(一審原告)
大同ほくさん株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
桃尾重明
鳥養雅夫
五一九五号事件被控訴人・五一九六号事件控訴人
(一審被告)
Y
右訴訟代理人弁護士
森壽男
主文
一 一審原告及び一審被告の各訴訟に基づき原判決主文第一、第二項を次のとおり変更する。
1 一審被告は、一審原告に対し、金四九一〇万〇四五五円及びこれに対する平成六年二月一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
2 一審原告のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、第二審とも一審被告の負担とする。
三 この判決は、一審原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
理由
一 当事者の関係及び本件売買契約の成立について
請求の原告1のうち一審原告による大同酸素の吸収合併の経緯を除く事実及び請求の原因2の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫及び証人Bの証言によれば一審原告主張の右合併の経緯を認めることができる。
二 損害担保契約について
1 本件契約書の第一条に一審原告主張のとおりの文言(本件保証条項)の記載があることは当事者間に争いがない。
そこで、本件契約書に本件保証条項が記載されるに至った経緯をみると、≪証拠省略≫、証人Bの証言及び一審被告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 大同酸素は、平成三年末ころ、住友信託銀行株式会社の担当者から、一審被告の有するタスコ・ジャパンの株式を買い取り同社を買収する話を持ちかけられ、その検討を始めたが、その代金額については、同社の純資産額を基礎として算定するのが合理的であると判断した。そこで、大同酸素は、タスコ・ジャパンの過去二年度の貸借対照表等を検討したところ、資産中、貸借対照表では四一〇〇万円と評価されている土地の価格が時価を大きく下回るものと思われたので、これにつき不動産鑑定士の鑑定を得たところ、坪当たり二〇〇万円余と評価されたため、これを坪当たり二〇〇万円、全体で一億八三八六万円と評価替えをし、その余の資産や負債については、タスコ・ジャパン作成の平成三年一二月三一日現在の貸借対照表記載どおりとした貸借対照表を作成したところ、純資産額は一億七一二四万一五一七円となった。右タスコ・ジャパン作成の貸借対照表の資産の部には、売掛金として一億九二五一万五八四〇円、仮払金として九七五三万六一一九円、出資金として一四一二万一〇〇〇円が記載されており、その附属明細書には、日本エレメカに対する売掛金、仮払金及び出資金として、請求の原因3のとおりの金額が記載されていた(ただし、仮払金は三六七六万六〇八三円と記載されているが、調査の結果、三七一〇万六三五三円が正しい金額であることが判明した。)。そして、大同酸素は、右貸借対照表記載の資産とは別に、タスコ・ジャパンの営業権の資産価値を一億三九一一万五一八〇円と評価し、これを前記純資産額に上乗せした三億一〇三五万六六九七円を同社の株式の評価の基礎とし、一審被告の有する株式の発行済株式総数に対する割合(約九二パーセント)等を考慮して、一審被告からの株式の買取代金を三億円とすることにした。
(二) 大同酸素は、右の検討を踏まえ、住友信託銀行の担当者を通じて一審被告と交渉した結果、株式の売買代金を三億円とすることに合意したが、一審被告の税務上の配慮から、右金額のうち約二億円は株式の売買代金とし、残りの約一億円はタスコ・ジャパンから一審被告への退職金として支払うこととし、本件売買契約上の代金額としては、一株四六〇〇円、合計二億〇二四〇万円とすることとした。
(三) ところが、大同酸素が、調査会社に依頼して公認会計士や不動産鑑定士によるタスコ・ジャパンの資産の調査をしたところ、日本エレメカに対する売掛金は回収可能性に乏しく、仮払金(貸付金)については十分な資料がなく、出資金(株式)についても株券が存在しないとの結果であったため、前記のとおり、土地と営業権を除いてタスコ・ジャパンの平成三年一二月三一日現在の貸借対照表に基づき算出され、本件売買契約の株式代金算出の根拠となったタスコ・ジャパンの純資産額に疑問が生じることになった。そこで、大同酸素は、更に調査を継続すべきところ、一審被告側が契約を急いだこともあって、これに代えて、日本エレメカに対する債権等の回収可能性については一審被告の保証を求めることとし、従前作成していた契約書案(≪証拠省略≫)に前記の第一条第一三項等の文言を加えた本件契約書(≪証拠省略≫)を作成し、一審被告がこれに押印して本件売買契約が成立した。
2 以上のとおりであり、右認定の事実に、≪証拠省略≫により認められる次の事実、すなわち、本件契約書には、契約締結後の監査の結果、タスコ・ジャパンの平成三年一二月三一日現在の貸借対照表記載の純資産額が減少した場合には、その減少分だけ代金額を調整する旨(第三条)及び一審被告が本件契約条項に違反した場合、これにより大同酸素が受ける損害を補償する旨(第八条)の各規定があり、これらは、前記の経緯により第一条第一三項の規定が追加される以前の契約書案にも記載されていたことを総合して考慮すると、本件保証条項の規定の趣旨は、一審被告が大同酸素に対しタスコ・ジャパンの日本エレメカに対する債権等が回収可能であることを保証し、その回収が不能な場合に大同酸素に生ずる損害を填補する旨を約したものと解するのが相当である。
一審被告は、タスコ・ジャパンの純資産額が減少した場合には、右本件契約書第三条の規定によるべきであると主張するが、そもそも、右規定によっても、一審原告が一審被告に請求し得る金額は、本件において一審原告が請求するものと同額となると解される上、≪証拠省略≫によれば、同条は、その第一項において前記の代金調整を定めるとともに、第二項で減額した代金の支払を、第三項で調整額についての意見が一致しない場合の代金支払留保等を定め、次の第四条において、決済日及び決済方法(クロージング)の定めを置いていることからすれば、右第三条は、代金決済前の調整について規定しているものとみるのが相当である。したがって、一審被告の右主張は採用できない。
三 一審原告に生じた損害額について
1 ≪証拠省略≫及び証人栃内健雄の証言によれば、請求の原因4の(二)(日本エレメカの債務超過及び同社に対する債権の回収不能等)の事実を認めることができる。
2 本件売買契約において、大同酸素がタスコ・ジャパンの純資産額を基礎に一審被告からの株式買取価格を決定したこと、その純資産額の算出に当たり、土地及び営業権以外の資産は貸借対照表上の金額どおりに評価され、タスコ・ジャパンの日本エレメカに対する請求の原因3の債権等についても、その金額の資産が存在するものと評価されたことは、前記のとおりである。そして、タスコ・ジャパンの現実の資産が右評価を下回る場合には、タスコ・ジャパンの総発行済株式の評価はその差額だけ減少することになるから、右1の日本エレメカの債務超過及び同社に対する債権の回収不能等によって、大同酸素ないしこれを承継した一審原告には、請求の原因4の(三)のとおり(日本エレメカの資産及び負債の状況については≪証拠省略≫)、四九一〇万〇四五五円の損害が生じたものと認めることができる。
四 信義則違反及び錯誤について
一審被告が抗弁として主張する信義則違反及び錯誤による無効の主張に対する判断は、原判決説示(原判決書七枚目裏二行目から同八枚目表四行目まで)のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決書七枚目裏九行目の「しかし、」から同一一行目の「認めることはできない」までを「しかし、乙第五、六号証、証人Cの証言及び一審被告本人の供述を総合しても、前記二(損害担保契約について)に認定した事実に照らせば、いまだ一審被告の右主張を基礎付ける事実を認めるには足りない」に改め、同八枚目表一行目の「関与した被告が、」の次に「元の契約書案(乙第二号証)と異なるものであることを意識して(乙第六号証)」を加える。)。
五 過失相殺について
大同酸素が本件契約締結前に調査会社に依頼したタスコ・ジャパンの資産調査の結果、同社の日本エレメカに対する前記債権等の回収可能性に問題があることが判明したこと、それにもかかわらず、右債権等については貸借対照表記載のとおりの評価をして本件契約が締結されたことは前記二の1で認定のとおりである。
しかしながら、本件保証条項が、右の調査結果を踏まえた上、代金調整の規定(第三条)や損害補償の規定(第八条)に加え、特に日本エレメカに対する債権等の回収が不能である場合に備えて規定されたものであることも前記二の1で認定のとおりであり、むしろ、本件保証条項は、大同酸素が右債権等の回収に問題があることを認識していたからこそ、タスコ・ジャパンの株式の売主である一審被告にその保証を求めて規定されたものである。
したがって、大同酸素が日本エレメカに対する債権等の回収可能性について問題があることを認識しつつ本件保証条項を含む本件売買契約を締結したことをもって過失とし、本件保証条項に基づき一審被告が填補すべき損害額の判断に当たり、これを斟酌することはできない。
したがって、一審被告の過失相殺の主張は理由がない。
六 まとめ
以上のとおり、一審原告の一審被告に対する損害担保契約に基づく四九一〇万〇四五五円の損害填補請求は理由があるが、一審被告の右債務は期限の定めのないものとして生じたものであるところ、一審原告が一審被告に対してしたと主張する催告は、タスコ・ジャパンに対する履行を請求するものである(≪証拠省略≫)から、これにより右債務につき一審被告が遅滞に陥ることはない(これは予備的主張についても同様である。)。したがって、一審被告は、右債務につき本件訴状の送達により遅滞に陥ったというべきであるが、本件記録によれば、右訴状は、米国在住の一審被告に対し、平成六年一月中(日は不明)に送達されたことが認められるから、一審原告の商事法定利率による遅延損害金の請求は、同年二月一日からこれを認容すべきである。
七 結論
右のとおり、一審原告の一審被告に対する請求は、四九一〇万〇四五五円及びこれに対する平成六年二月一日から支払済まで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきである。よって、双方の控訴に基づき、これと結論を異にする原判決を、右の趣旨に従い変更することとし、原判決において仮執行宣言を付した部分を超えて一審原告の請求を認容した部分についても、職権により仮執行宣言を付することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 田村洋三 鈴木健太)